砂川の両岸に設けられた堤。西側には八代海が広がり、天草の島々や宇土郡の山々を一望できる。嘉永6年(1853年)の砂川新開干拓の潮止めにあたり、人柱の身代わりに延命地蔵尊を埋めたという人柱伝説も残されている。