和銅4年(711)、聖武天皇の勅願で行基によって創られ、当時は弓削寺とよばれていたと伝えられている。その後天正7年(1579)明智光秀が周山城を築いた時、寺を壊して城の用材としたため廃絶した。現在ある建物は江戸時代に入ってから再興されたもの。収蔵庫には重要文化財に指定された藤原時代の木造薬師如来坐像、持国天立像、増長天立像が安置されており、事前に連絡すれば見学できる。