江戸中期、幕府の直轄地として千里丘陵中央部が広く開墾され、これに伴う村開きにより千里の氏神として創祀されました。貞享3年(1686)に再建された木造一間流造の御本殿には極彩色の装飾が施され、総柿葺の屋根の正面には唐破風が据わり、市の重要有形文化財に指定されています。1月1日~3日は新年祭が斎行され、北摂の中央に位置する同神社には北大阪一円からの参拝者で賑わいます。また文化的な催しも多く、境内では奉納演奏や奉納演芸、また動画配信などが定期・不定期問わず行われている。