家伝では兒山家は中世にさかのぼる旧家で、家業の施薬に加え、江戸時代を通じ大庄屋として小出藩代官もつとめていました。この建物は江戸時代後期に本家より分家し、通称「東兒山」と称されている住宅です。周辺は市の中南部に位置し、市内では数少ない田園風景が広がる一帯です。付近には寺社等の歴史的建造物が点在していますが、当家は今や市内では数少なくなった豪農の住宅建築として重要なもののひとつです。北に陶器川を背にしたゆるやかな傾斜地にあり、土蔵と土塀や門長屋で四周を取り囲み、敷地内には主屋や座敷をはじめ数多くの建築物があります。主屋は江戸時代後期の建築で、入母屋造を重ねた本瓦葺の屋根や煙出し等が、重厚な外観を特徴づけています。庭に面した座敷二間の襖や床には、江戸時代後期の大阪画人金子雪操による山水画が描かれています。平成14年には国の登録有形文化財になっています。