与力町に所在、別名天満寺と号する真言宗の寺院です。寺伝によると、天長2年(825)、空海によって現在地より東、大川に面した位置に開基され、広大な寺域を持っていたとされます。貞観年間(859~877)の頃の住職であった四世恵澄は菅原道真と親しく、道真は太宰府への道中に立ちより、自作の木像を送ったといわれています。応永3年(1396)、後小松天皇によって「菅原山 天満宮寺」の勅号を受けました。大阪夏・冬の陣後の復興で現在地に移され、隆盛を極めますが、第2次世界大戦の大阪大空襲で建物がほとんど焼失しました。現在の建物は昭和42年(1967)に再建されたものです。※庫裏、本堂内部は非公開です。