「願はくは花のしたにて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」と詠んだ平安時代末期の歌人・西行がその歌の通り、桜の季節に生涯を閉じた地として知られています。葛城山の麓にあり、寺の周辺は桜の名所として知られ、天智天皇4年(665)役小角が開創、天平9年(737)行基が修行し、弘仁3年(812)空海が伽藍を一新したと伝えられています。畠山氏の兵火に遭い、一時は焦土と化しましたがその後、復興します。本堂その他の堂舎は再建され、現在に至ります。境内には西行の墳墓や西行堂、本坊の奥には、西行像や西行にまつわる絵画、書、資料などを集めた「西行記念館」があります。