若松島に隣接する日島の南端、嘴状の砂嘴に大小70余りの石塔が不毛の地に点在している。かつては森に覆われていたこの場所は、中世の商人や船乗りが死者を埋葬し、海で遭難した仲間のために記念碑を建て、さらには自分も同じ運命になることを覚悟して供養塔を残した人里離れた墓地であったという。 塔の多くは1300年代後半から1400年代にかけて建立された。当時、五島の船員たちは朝鮮半島や中国の沿岸で交易や海賊行為を盛んに行っており、京都の貴族や富裕層に異国情緒あふれる品々を売り込んでいた。 京都で売るために、日本海側の若狭湾や現在の大阪・神戸付近で荷揚げされた。日島の石塔の多くはこの地域にしかない石材で作られており、五島へ戻る貿易船の積み荷として日島に運ばれた可能性が高い。 また、石塔の形状や構造から、現地で組み立てたのではなく、本土で入手したものをそのまま持ち込んだと考えられるものもある。一般的な形の一つである五輪塔は、仏教で宇宙を構成する五大元素を象徴する五つの部分からなる塔のことである。四角は地、球体は水、ピラミッドは火、半球は風、宝珠は空というように、それぞれの元素に対応する形をしている。また「宝篋印塔」という、塔の上に階段状のピラミッドを乗せ、その上に尖ったフィニアルを乗せたものもよく見かけるものである。