比叡山西麓の風雅な木立のなかに建ち、桃山様式の勅使門に玄関、本堂、大書院、小書院、茶室などが悠然と続く洛北屈指の門跡寺院。もとは比叡山にあったが、北野天満宮が創建されると別当職を命じられ北山に移転。その後、御所公家町に移り明暦2年(1656)桂離宮を造営した八条宮智仁親王の次男・良尚法親王により現在地に堂宇が造営された。桂離宮と共通した意匠が多くみられ「小さな桂離宮」ともいわれている。庭園は名勝に指定されている。