標高20mの丘陵上に位置する中世城。東及び南西の斜面には帯曲輪が、東側には土塁と空濠跡らしきものが見られる。曲野は阿蘇家の社領で、弘治・永禄年間(1555年~1569年)頃に阿蘇家家臣の勾野民部少輔が在城したとされる。また、弓の名手であった辻姫という女性が城主であったとの伝承もある。