寺伝によれば7世紀中ごろに、法道(空鉢)仙人が開いたとされる高野山真言宗の寺院で、古くは長福寺といい多数の寺坊がありました。「食堂(じきどう)」は鎌倉時代後期に建てられ、僧侶が法会の際に食事などを行った建物で、同時代のものでは府下で金剛寺と2棟のみで大変貴重なものです。「多宝塔」は屋根の丸瓦の正平23年(1368年)に作ったという銘文から、南北朝時代中期に建てられたと考えられ、食堂とともに重要文化財に指定されています。同じく重要文化財の十六羅漢像は漢画の系統に属する作品で、宋画の写しと考えられています。また、楼門に安置される「金剛力士像」は、解体修理中に吽形(うんぎょう)から発見された墨書木札で、鎌倉時代の弘安6年(1283年)に造像されたことがわかり、同時代から室町時代にかけて興隆した法道寺と、上神谷(にわだに)地域の仏教文化の精華を、現在に伝える大変貴重なものです。「阿弥陀三尊図」は赤