仁徳天皇陵古墳(大山古墳)の後円部外側の第2堤上から、三重濠に張り出すようにある2基の古墳のなかの西側にある、径56m、高さ9.3mの円墳です。茶山の呼称は、「堺鑑」に豊臣秀吉が仁徳天皇陵古墳で狩りをした時に、陵の上で仮の居宅を構えたあとを、茶屋山と呼んだという記事があることに由来します。