蘇鉄山は大阪湾に面し、幕末には黒船来航に備えてお台場(砲台)が築かれた場所を、明治12年(1879年)に大浜公園として解放され展望のよい築山として整備されたところです。蘇鉄山の約300m東南にあった御蔭山の頂に、近代地図作成のための基準点となる一等三角点が明治18年(1885年)に設定されました。その後御蔭山が削られ、昭和14年(1939年)に蘇鉄山の標高6.97mの所に移設されたものです。現在一等三角点の設置されている日本一低い山となっています。御蔭山は天保年間に港と水路浚渫により造られた山で、同時期に川浚えの土砂を積み上げてできた大阪の天保山とは兄弟関係にあたります。