西琳寺(さいりんじ)は、応神朝後期の渡来した百済(くだら)の学者王仁(わに)博士が帰化し、その後裔である河内の文氏が文化の発展に努めた際に、欽明天皇のときに自宅の一部を精舎としたのが起源となっているといわれています。境内にある巨石は、仏教考古学上でも珍しい形式の五重塔の心礎であり、約7500貫(28トン)の塔礎は飛鳥朝様式としては最大級のものです。