嘉永3(1850)年3月に矢部惣庄屋布田保之助のときに架けられた、大小二連からなる目鑑橋(めがねはし)。上部がコンクリートに覆われているため、石橋であると気付きにくいですが、河原からは美しいアーチと石組みを見ることができます。明治10年の西南の役では、薩軍、官軍ともにここで休息を取ったと伝えられており、歴史的にも貴重な橋です。