天文12年(1543)8月25日、本村前之浜に異国船が漂着し、 乗っていたポルトガル人から鉄砲が伝えられました。 また、この出来事は、ヨーロッパ人が日本に初めて上陸し、西洋の文化と日本の文化が初めて接触した出来事でもありました。 この日本の歴史に大きな影響を与えた記念すべき事実を後世に伝えるため、西之青年会が中心になり、地区民の協力を得て、大正10年1月、門倉岬に鉄砲伝来紀功碑を建立しました。 鉄砲伝来はわが国に技術革新をもたらし、わが国の産業振興に貢献しました。それだけでなく、鉄砲という新兵器の登場で、戦国時代に終止符が打たれ、平和を招来する原動力となりました。中世から近世に歴史が大きく転換する契機となったこの鉄砲伝来は、西之村の地頭西村織部之烝が、乗船していた明国人の五峯と砂上で筆談し、その重要性を認め、早馬で赤尾木城に急報したことに端を発するのです。