寛永2年(1625)、東横堀川と木津川とを結んで開削された長堀川(延長約2500m、幅員30~40m)に最初に架けられた橋。「心斎橋」「信濃橋」とともに、大阪における重要な役割をもった橋で、いずれも江戸幕府が管理する公儀橋であった。明治時代に入って河川の埋め立てが始まり、かつて「なにわ八百八橋」と形容されるほど多く架けられていた大阪の橋も次第に姿を消していった。長堀橋もそのひとつだ。現在は記念碑が建っているほか、地下鉄の駅名としてその名を残している。