高い緑の木々に囲まれたハイキング道を20分ほど歩くと、日和山の頂上に着きます。この山頂は、鳥羽周辺の島々が見渡せるだけでなく、観光客にこの眺望の重要性を歴史上の様々な観点から教えてくれます。 1800年代後半までは、鳥羽港にはしばしば帆船が寄港しました。順風を待つ間、 船員たちは日和山に登り、遠景から翌日の天候を予測しました。1822年に設置された方位石が今も残されています。17音の詩である俳句が刻まれた石碑もあります。この俳句は17世紀の有名な俳人、松尾芭蕉(1644~1694)が書いたものです。芭蕉はこの形式の詩の巨匠とみなされています。 鳥羽駅から徒歩10分の距離にある賀多神社を通って、日和山の登山口まで行くこともできます。この地の領主だった九鬼嘉隆(1542~1600)は、1592年、豊臣一派の艦隊の司令官として水軍遠征へ出発する前にこの神社を参拝しました。彼は、周辺の森の杉で船を造りました。鳥羽へ無事に帰還した後は、神々へのお礼として千本の杉を植えました。現在では、賀多神社の鳥居の左側に1本が残るのみです。