舞鶴引揚記念館は平和をテーマにした博物館で、第二次世界大戦での日本の敗戦後、抑留され強制労働させられた人々の体験を忘れないために作られました。 京都の舞鶴港は、終戦時に海外にいて国に帰れなくなってしまった660万人の日本の軍人と民間人を受け入れるために指定された18の港の1つだったのです。1945年~1958年の間に、舞鶴の市民たちは664,531人の帰国者を温かく歓迎しました。その大多数はシベリアや、他の旧ソ連の地域の強制労働所に収容された抑留者だったのです。また舞鶴は1950年以降に運営された唯一の本国送還地点であったため、愛する人に再び会いたいという人たちの、最後の希望を具現化した場所でもあったのです。 舞鶴引揚記念館は1988年に開館し、かつての抑留者たちが自分たちの話を伝える場となりました。舞鶴引揚記念館の収蔵物には16,000もの資料が含まれており、そのうちの1,000ほどは常設展示され、その多くは複数の言語で解説されています。そして記念館には、シベリアの強制労働所で抑留者が体験した過酷な生活環境をリアルに再現した、「抑留生活体験室」もあります。 そして舞鶴引揚記念館の570もの資料は、ユネスコの「世界の記憶」に登録されています。これらの資料は、シベリア収容所での体験、愛する人が無事に帰国することを望む家族のもの、そして本国送還に関連する資料、3つの種類に分類されま