赤坂今井墳墓は、古代の丹後王国を支配した有力な権力者の墓です。大きさは51 × 45mで、3世紀になろうとしていた建設当時は、日本で最大の古墳の1つでした。赤坂今井墳墓の墳丘の大きさは、農耕社会において、埋葬された人物が大きな経済力を持っていたことを示しています。 この場所では合計25の墓が発見され、そのうち6つは高台にあり、おそらくはかつての支配者、そして近親者のものと考えられています。最大の埋葬室はまだ完全には発掘されていませんが、2000年に、2番目に大きい木製の棺が開かれています。遺体は内部で風化して人型の赤いシミとなっており、またガラスと碧玉の数珠の頭飾りの残骸が残っていました。また1組の耳飾り、鉄の剣、ヤリガンナも発掘されました。ガラスの数珠の一部には、外国から輸入された青い顔料が使われていました。また鉄の道具は当時の日本には存在しない技術で作られ、当時この文明がアジア大陸と取引を行っていたことを示しています。 主な埋葬室の西にある柱穴は、葬儀がこの場所で行われたことを示しています。どのような葬儀が行われていたかは不明ですが、地上からは約300個の岩や、割れた陶器が発掘されています。これらは、おそらく葬儀の時に割れてしまったと考えられています。 丹後古代の里資料館には、オリジナルの数珠やレプリカの頭飾りなど、墓から発掘された遺物が展示されています。