2万年前に男体山から流れ出た溶岩が大谷川をせき止めて中禅寺湖ができた。中禅寺湖は、僧侶であり山岳修行者であった勝道上人(735~817)とその一行が男体山の南壁を登ろうとして失敗した後に発見した湖で、聖道が南台山の北岸に建てた中禅寺にちなんで名付けられた。中禅寺の名は、784年に正道が湖の北岸に建立した中禅寺にちなんでいる。 南岸近くにある上野島は、日光地方にある3つの遺跡のうちの1つであり、その中には勝道の遺骨が埋葬されている。南岸から湖に突き出た岬は、もう一つの重要な歴史的・宗教的遺跡である。その先端近くの木立の中には、円仁(794~864)が日光山の寺社を統一して日本を守るために創建した薬師堂がある。 華厳の滝 大谷川は中禅寺湖から東に流れ出て、華厳峡に97mも下っている。華厳の滝は、勝道上人がこの地を探検した際に発見したと考えられている。華厳峡にある五つの滝の一つで、歴史上のお釈迦様の教えの中の五つの時代にちなんで名づけられた滝である。華厳時代は、歴史上のお釈迦様の教えが急速に示され、凝縮されていた時代である。多くの人には難しすぎたが、この時期の仏陀の教えを理解することで、突然の悟りを開くことができると考えられていた。