高名な日本人画家 田中一村(1908-1977)の作品は、奄美大島北部にあるスタイリッシュな美術館に展示されています。一村は、この島で過ごした歳月の間に奄美の動植物を鮮やかに描写した絵画を制作し、死後、それらの作品によって国内で注目されるようになりました。田中一村記念美術館では、展示内容を定期的に入れ替えつつ、一村の作品を常時展示しています。 絵画の神童 彫刻家の息子であった一村は、まだ東京の小学校に通っていたころに絵の才能を認められた神童でした。7歳の時に水彩画で賞を受賞し、また、中国の文人の画法を源流とする南画を描いて相当の成功を収めました。父の病気(加えて教師との意見の相違もあったかもしれません)によって名門東京美術学校を中退した後、一村は独学で絵画を学び続けました。しかし、南画への関心は薄れていき、東京のすぐ東に位置する千葉県で過ごした時期には、より写実的な風景画や動物画を試しながら独自のスタイルを確立していきました。残念ながら、画壇は一村の新しい方向性を拒絶し、一村がその後の生涯で再び広く注目を集めることはありませんでした。 離島への憧憬 1958年、失意の一村は東京を離れ、奄美群島の鮮やかな色彩に惹かれて南に向かいました。やがて奄美大島に定住すると、小さな小屋を借り、繊細な手作業が必要な紬という織物に関わる仕事で稼いだお金を画材の費用にあてました。彼は森や海岸線を歩