本栖湖は、精進湖の南西、静岡県との県境近くにあります。この湖は富士五湖のなかで最も深く、水深は138mに達します。 かつて、甲斐国(現在の山梨県)と駿河国(現在の静岡県)は中道往還という道で結ばれていました。本栖湖畔の本栖集落は、精進湖岸の精進村と同様、この道の要地でした。近くには、北東にそびえる山の上に本栖城も立っていました。甲斐国の武田氏は、自国と駿河国の間の人々と物資の往来を監視するためこの城を建てたと研究者たちは考えています。現在は城跡のみが残っています。 富士講の巡礼者は、本栖集落にほど近い本栖湖の東岸で水行をしました。かつて存在していた湖が溶岩で埋め立てられてできたこの地域では、湖岸はむき出しの火成岩で、「浜」はありません。水行を終えた巡礼者たちは、駿河との国境を越え、南に向かって旅を続けました。